からむこらむ
〜その226:石炭と空気、そして水〜
まず最初に......
こんにちは。そろそろセンター試験と言う事で受験生の季節と言う事になりますが。
まぁ、恒例のインフルエンザもまん延.....受験生は大変な時期ですねぇ。まぁ、がんばって欲しい物ですが。
さて、今回のお話ですが。
今回は前回の続きと来ましょう。カロザースらのチームが見付けた冷延伸法と、ポリアミドの関係は? そしてそれがどれくらいの大きな影響があり、そしてカロザースはどうなったのか? 触れる点は多いでしょう。
それでは「石炭と空気、そして水」の始まり始まり...........
では、前回の続きと行きましょう。
カロザース達のチームは「冷延伸法」を見付け出し、これを一度は放棄したポリアミドに使った所非常に有効であった、と言う話をしましたが。
さて、ではポリアミドとは何か?
前回も簡単に触れましたが、ポリアミドの代表例、と言うと簡単なものでして実はたんぱく質がこれに当たります。たんぱく質とはたった20種類のアミノ酸より構成され、これらが連なってできたものである、と言うのは過去に簡単に触れていますが。
このたんぱく質、動植物を通じて生命においては極めて重要なものであり、ヒトにおいては人体の7割を占める水を除くと最も多く含まれているものになります。実際、これは名称にもでていまして、英語でたんぱく質を意味する「protein」はもともとギリシャ語で「第一」を意味する「proteios」に由来し、生命において第一に重要な成分である、と言う意味になる。
もっとも、ここでたんぱく質の話をすると限りなく複雑かつきりのないものになりますので、ここでは多くは省略しますが。
では、このたんぱく質と線維の関係は何か?
実は天然における多くの線維がたんぱく質と関係をしています。一般に「線維状たんぱく質」と呼ばれる物なのですが、そう言うようなものには、羊毛や羽毛などの毛や爪を構成する「ケラチン(keratin)」、筋肉を構成する「ミオシン(myosin)」、筋肉の束をまとめてる腱の部分に「コラーゲン(collagen)」と言う物がある。そして今回メインとなっている「絹」も線維でして、これは「フィブロイン(fibroin)」と言う、グリシンとアラニンと言うアミノ酸を中心として1000個以上も鎖状に結合してできたものです。そしてこれはおなじみの蚕やクモが作るものとなる。
もちろん、これらはたった20種から構成されていると言うのは自然の驚異となりますが。
さて、カロザースらは研究によって絹の構造を解明していました。そして、その構造で重要な事を見つけ出します。
これは上述の「その33」での説明の様にアミノ酸はその構造中にアミノ基「-NH2」とカルボキシル基「-COOH」をもつ。そして、アミノ基は別のアミノ酸のカルボキシル基と、そしてカルボキシル基は別のアミノ酸のアミノ基と結合をすることでお互いに繋がります。
この時に二つのアミノ酸は図の赤と青で示した「-CO-NH-」と言う形の「アミド結合(たんぱく質などだと特に「ペプチド結合」と呼ばれる事が多いですが)」と言う結合を作って繋がり、水を生み出します(脱水縮合)。そして構造を見るとさらに結合に使う事のできるアミノ基とカルボキシル基があり、当然これも別のアミノ酸とアミド結合する事が可能となる。そうなるとこれがまた繋がって......となる。
上の図もまたさらに結合に使えるアミノ基とカルボキシル基が出てきます。このようにアミド結合によってアミノ酸が連続して繋がるとたんぱく質、今回は絹でもあるフィブロインができると言う事になる。このような形ででき上がる分子を縮合重合型高分子と呼んでいます。
さて、カロザースらの目的は絹に似た線維を作る、と言うものでした。そして実際に絹はこのようなアミド結合によってできている。
このような事から、チームは同様にアミド結合によってできるポリマーを人工的に作ろうと考え出します.......しかし、ここまで分かっても実際に絹のこのようなものを作るとどうなるか?
絹と同じものを作りたければアミノ酸を、しかも「主に」グリシンとアラニンでできていると言うだけで、実際にはさらに多数のアミノ酸を並べていかなければならない。しかも自然と「全く同じもの」は分解して徹底的にアミノ酸の順番を調べ上げる必要がある.....この上でアミノ酸を全て用意し、それを意図的にコントロールして合成すると言う事は(現代においてさえ)明らかに不可能でして、別の手法を見いだす必要がある。
では解決法は? これでカロザースらが目をつけたのは、実は前回のポリエステルと同じ方法でした。
前回触れたエステルは、ヒドロキシル基「-OH」とカルボキシル基「-COOH」が結合してできる。そして、一つの分子中にヒドロキシル基を二つもつものと、カルボン酸を二つもつものを結合させる事でエステル結合で分子をつなげ、ポリマーとしてポリエステルを作り出しました。
これと同様に、二つのアミノ基をもつ分子(ジアミン)と二つのカルボキシル基(ジカルボン酸)をもつ物質をアミド結合でつなげ、連続的にしてはどうか、と言う事になる。
これなら20種類もアミノ酸を用意する必要もなく、また二つの原料からポリアミドを作り出す事が可能となります。
実際にカロザースらはこのような物質を使ってポリアミドを作り出していました。しかし前回触れた通り、彼らは複数種類の組み合わせからポリアミドを作ったものの、いずれも線維に使うという目的に添ったものができず、ポリエステルに移った経緯がある。
しかし、ジュリアン・ヒルらによる「冷延伸法」の発見によってポリエステルからポリアミドに戻った彼らは、再度目的となる物質を探し出そうと挑戦を行い、様々な物質を試してみます。そして、1935年に最も合成に適したジアミンとジカルボン酸を見つけ出すこととなります。その適した二つの物質であるヘキサメチレンジアミン(hexamethlene diamine)と、アジピン酸(adipic acid)のポリマーは極めて大きな成功をデュポン社にもたらす事となります。
このようにして合成したポリアミド、化学的に言うなれば「ポリヘキサメチレンアジピン酸アミド」は、冷延伸法により見事に絹に似た人工繊維となります。そして後にデュポン社はこの物質を「ナイロン(Nylon)」と命名して売り出して一世を風靡する事となります。ただ、後に多数の類似のポリアミドができた為に、この物質はヘキサメチレンジアミンとアジピン酸の炭素(C)数がそれぞれ6個あったことから、この様にしてできたナイロンはナイロン6,6(Nylon 6,6)と命名されて区別される事になります。
#なお、名称は「66(あるいは6,6)-ナイロン」と言う表現や「Nylon 66」、「66線維」など多数ありますが基本的にはどれも同じです。
なお、このようなポリアミドは冷延伸をしないと線維として役に立ちません。
ではなぜ冷延伸法が重要なのか? これは多分に化学的な話となりますが......例えると、細い糸が勝手な方向に絡み合っている状態があるのを、同じ方向にまとめて縒ることである程度の太さをもち、強くなる糸を作り出す......そのようになるでしょうか。
化学的な話で説明しますと、合成してでき上がったポリアミドは単なる長い分子の集まりとしてでしか存在しません。しかしこれを伸ばす事で物理的に内部の構造に変化が起こり、ポリアミドが引っ張られてその分子の向きが揃うようになります。
この結果、それぞれの分子で向きが揃った為にそれぞれの分子で水素結合でき、これによってナイロン線維の強度が一気に強まり実用的な強度となります。
なお、自然の絹も同様でして例えば蚕なども冷延伸をしています......とはいっても、昨今の若い人は蚕を見た事がない人も多いらしいのですが。見た事のある方は分かりますが、蚕は絹糸を吐き出すと、それを引っ張っる様に体を動かしているに気づいているでしょうか。あれは実は蚕の冷延伸法でして、あの動作によって絹の強度を上げています。
#ちゃんと意味はあると言う事ですか。
なお、前回触れたポリエステルも同様の原理で強度を増しています。ですからこの方法は別にポリアミドのみが有効と言う訳ではありません。
ちなみに、デュポン社は後述しますがナイロンで大きく儲ける事になりますが。
ただ、意外と知られていないのは、デュポン社が取った特許と言うものは実はナイロンの原料などではなく、実はただこの「冷延伸法」の特許でした。つまりできたもの引っ張るだけ、と言う事になる。もっともこれはとても重要な方法だったわけで、特許としては十分に価値のあるものだったとも言えますが。
ところで、ナイロンはどうなるのか? それを語る前に少し話を戻して、ポリエステルの話を少ししましょう。
カロザースらが放棄したポリエステルは、イギリスの化学者ホインフィード(Whinfield)とディクソン(Dixon)らによって合成され、実用化されます。これは「テレリン」と言う名称で売り出されるのですが、このテレリンはカロザース達が使っていなかったジカルボン酸を使っていました。
実はポリエステルで線維を作る場合は、その材料となるジカルボン酸にテレフタル酸(telephthalic acid)を使う事が重要であり、これとエチレングリコールを重合する事で理想的な線維を作る事ができました。
このようにしてできる線維はポリエチレンテレフタレート(Polyethylene terephthalate)、一般に「PET」と呼ばれる物ができます。と言うとまさに「PETボトル」をイメージされそうですが、全く同じものです。デュポン社は後にこのPETを平面状に引っ張ると(おそらく冷延伸の原理によって)強いフィルムができる事を見いだし、これをフィルムを「マイラー(Mylar)」として販売。そして線維、つまりテレリンのデュポン版を「デークロン(Dacron)」の名称(デイクロンとも)で売り出します。
このポリエステルは大きく活躍し、現在に至るまで線維、テープ、CDの材料、容器、医療分野(最初の人工心臓ジャービック7(Jarvik-7)はデークロンを使っていた)等多分野において活躍することになります。
つまりデュポン社は一度は放棄したものの、最終的にこの分野でも利益を上げていると言う事になるのですが.......
ちなみにこの名前には裏話がありまして.......デュポン社はこの商品を出す時に名称について社内で命名コンテストを行い、第一候補が決定。そしてそれを発表しよう.....となる直前に担当者が気になって名称を調べた所、実は既にその名称が使われていたと言う。その結果仕様がないので第二候補だったデークロンを選択したと言う話があります。
ただ、これはデュポン社の命名ルールに反したものでした。
英語の話になりますが、基本的に同社は「紛らわしい名称」をつけないと言うルールがありました。どういう事かと言うと、例えばナイロン(Nylon)は他の読み方が見つからない。ですが、デークロン(dacron)は最初の「da」の部分で「デイ」とも「ダ」とも読めてしまう。これではルールに反する.......ですが、実際にはもうそれで出してしまったのですが。
よほど大慌てだったのか?
#なお、日本でできたポリエステルにビニロンがあります。
さて、ポリアミドに話を戻しましょう。
上述の通り1935年にポリアミドによる人工の絹の合成に成功するものの、いくつかの問題は残ります。例えばこの線維は融点が高く、長く過熱すると着色し、しかも粘度が高い上にそれを水に溶かして糸に紡ぐ必要がある.....多くの問題を抱えるものの、研究者達は全力でこの問題をクリアーしていき、最終的に1937年にこの問題を全て解決します。
この間、カロザースはその功績が認められて米国科学学会の会員と言う、米国のまさにトップの科学者として認められていました。
そしてこの線維は1938年、ついに試験生産されて「ナイロン」と命名されます。翌1939年のニューヨーク万国博では、「石炭と空気と水から作られ("made from coal, air, and water")、クモの糸よりも細く鋼鉄より強い("as strong as steel and as fine as spider's web.")線維」として大々的にナイロンの登場を宣伝。来訪者には「石炭と空気と水」からどのようにしてナイロンができるのか、を図表で説明する展示まで行います。そしてナイロンは「既存の絹よりも優れた靴下」の線維などとして、実物とともに入場者の目を引きつけました。また、この場は同時にデュポン社の作り出した様々な合成樹脂の展示会ともなりその存在を大きく見せつける事となります。
なお専門的な注釈となりますが。
売り文句となっている「石炭と空気と水」について、「水」「空気」はおそらくは製造過程の部分(水に溶かし、空気中で冷延伸するためか?)と思われますが、「石炭」よりと言う部分は実はアジピン酸とヘキサメチレンジアミンの両方が石炭を原料としている為です。
図の通り石炭からとれるベンゼン、あるいはフェノール(フェノールは「石炭酸」とも呼ばれる)からアジピン酸ができ、それを元にヘキサメチレンジアミンができます。
ただ、おそらく現在では「石炭から」は作られないでしょう。現在は石炭産業は大きく減衰している上に、材料となるベンゼン、フェノールは今は石油から得るのが一般的であり、また安く済みます。ただ当時は石炭も使われていたのと、コスト的に安く上がったためにこのような宣伝文句が作られたものと思われます。
#もっとも、戦争をしていたので原油は戦略物質として優先的に回されていたと考えるほうが自然かもしれませんが。
そして1940年5月15日のニューヨーク。
400万足も用意されたナイロン製の靴下は、文字通り「あっという間に」売れていってしまいます。デュポン社はこのナイロンを1年足らずの間に300万ドルも売り上げ、瞬く間に天然の絹製品を駆逐していく事となります。これは当時生糸の輸出をしていた日本に極めて大きなダメージを与える事ともなり、また各国の生糸産業を壊滅させていきました。
#もちろん当時は既に日本はアメリカにとっては敵性国家でしたので、アメリカにとっては経済的ダメージと言う部分で利用したでしょうが。
もっとも、ナイロンの快進撃はあっという間に終わってしまいます。
別に問題があったと言う訳ではなく、当時の第二次世界大戦の影響によりパラシュートの材料としてナイロンは貴重なものとなります。この為、女性には買うよりはむしろパラシュートの材料として供出することが推奨されるに至り、ナイロンの国内販売はあまり行われませんでした。
これが一般で復活するのは戦後、と言う事になります。
ただ、やはりこのナイロンは大きく普及しましてその結果、アメリカにおいてストッキングは「ナイロン」が代名詞として定着します。これは素材が変わってからもそのままでして、それ程の影響力があったと言う事でしょう。
このようにして登場したポリアミドですが、その後多岐にわたって類縁化合物が登場します。そしてそのシリーズは現在に至るまで大きく進歩しています。
ナイロン6,6は現在でも活躍している事はもちろん、そのバリエーションはかなり多岐にわたっており、その物性に応じて多くの分野で利用されています。例えば、構造中に「亀の甲」であるベンゼン環などを導入した「アラミド」もこのポリアミドの一種ですし、その一種には防弾チョッキにまで利用される事のある、ケブラー(Kevlar)などもあります。
ついでに言えば、ポリアミドもかなりの種類がデュポン社によって作られているのも特徴でしょうか?
#ただ、ナイロン6は1941年、日本で「アミラン」と言う名称で作られています。
#専門的にはシクロヘキサノンをオキシムにし、その後ベックマン転位なんて使って開環重合で作り上げていますが。
さて、このようなポリマーを作ったデュポン社ですが。
この会社が作った製品、特にポリマーは今回触れたゴム、そしてポリエステルにポリアミドと言った物の他、忘れてはいけないものとしてはテフロンもあるでしょう。これは過去に書いたようにテトラフルオロエチレンのポリマーでして、数多くの製品に使われています。
興味深い事にこれらの物質は全てこの会社によって第二次世界大戦の前後に開発され、そしてその後大きな影響を与えていると言う事でしょうか(さらに言うなれば、限りなく運/偶然も作用している!)。さらにはこれらの物質は同社に莫大な利益をもたらして世界最大の化学企業としての地位を確固とさせ、かつ現在に至るまで使われている物質でもあります。また高分子化学の概念に大きな影響を与えたと言える。
そしてその大元にはカロザース達のチームがあった、と言う事になる。
ところで、そのカロザースですが。このような大きな貢献はまさにノーベル賞を得るにふさわしいものであり、それについて科学者達は一般に異論はもっていません。おそらくは「高分子構造の解明と、高分子化合物の人工合成、そしてそれら化合物による人類への貢献」が評価される物と思われます。しかし彼はノーベル賞を受賞する事はおろか、実は「ナイロン」と言う名称を知る事はありませんでした。
なぜか?
カロザースは彼とチームが作った化合物が「ナイロン」と命名される以前の1937年4月、自らの41歳の誕生日を迎えた2日後の29日に「常に持っていた」と言う青酸カリをレモンジュースに入れてこれをあおり、フィラデルフィアのホテルで自殺をしています。この時、彼の妻はその身体に妊娠二ヶ月目の娘を身ごもっていました.......もっとも彼はこれを知りませんでしたが。
彼の自殺の原因は不明ですが、彼はデュポン社に来る以前にうつ病だった事が知られていまして、それに関連していると一般には見なされています。また、常に重圧と戦っていたとも言われており、特にこれらの化合物の合成に成功した後にうつ病が悪化していたといわれ、それらが原因ではないかと考えられていますが......
もし、この時期に抗うつ薬があれば? あるいは彼が妻が妊娠している事を知っていれば?
もちろん結果は変わらなかったのかもしれませんが。しかし、もしかしたらこの天才はさらなる何かを生み出していたのかもしれない。
ただ、少なくとも人類は大きな才能を失ったのは確かと言えるでしょう。
では長くなりました。
今回は以上という事にしましょう。
さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
前回の続きと言うことでしたが......今では普通に使われる数々の物質、これが高分子であり、そしてその原点が一人の科学者とそのチームによって作られていった、と言うのは興味深いものがあるかと思います。デュポン社はこれで大きく稼ぎ出しましたし......しかも、運/偶然が大きく作用している、と言うのがなんとも面白いものではあります。
ただ、その開発をした科学者は自殺......この話を思い出すたびに、どんな才能も生きていなければ結実しない、と言う事を考えてしまうものがありますが。
大きな才能を自殺で失う、と言うのは悲しいものではあります。
そういう事で、今回は以上ですが。
次回は.....またいつになりますか(^^; とりあえず、仕事もあれこれありますので。まぁ、また間が空くかと思いますが。おもむろに公開、なんて可能性もありますので、まぁ定期的に見に来ていただければと思います。
えぇ、まぁ見た事がない話がある、と言うならば見るチャンスですよ?
そう言うことで、今回は以上です。
御感想、お待ちしていますm(__)m
次回をお楽しみに.......
(2006/01/20公開)
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