からむこらむ
〜その233:紫煙のおもひ忘れず〜


まず最初に......

 こんにちは。年の瀬となりましたが、皆様如何お過ごしでしょうか?
 まぁ、社会復帰で資格試験受けてどうにも通っていない管理人ですが.......来年こそは、と毎年思うのですがね。あきらめずにがんばろうと思いますが........ま、個人的な事はともかく、慌ただしい2006年最後の「からむこらむ」の更新となります。

 さて、そういうことで今回の「からむこらむ」。
 とりあえずシリーズになっていますが、「タバコ」について、その主成分たるニコチンの話題にしたいと思います。まぁ、どうにも過去3回は文化的な話の方が比率が高いものでしたけどね。今回はがっちり科学、ではなくて化学となります。もっとも、専門でない人にも興味を持って欲しい物はありますので、まぁ構造やら難しいところは我慢してほしいですが......あ、ちなみに過去に触れていて省ける部分は省きますので。それでも結構量が多くなる感じですから(^^;
 まぁ、しかし......少なくとも、ニコチンを「悪い物質」としか見ていない方には意外な物となるでしょう。何と言っても「薬」でもありますので。
 それでは「紫煙のおもひ忘れず」の始まり始まり...........



 さて、では前回の続きと行きましょう。
 タバコの主成分たるニコチンとは?

 ニコチンと言う物質はタバコを語る上では欠かせない物質となっています。それも当然でして、ニコチンはタバコの主成分として知られており、その含有量は種類によって違うものの、一般的なタバコに使われるNicotiana tabacumで0.1〜6.35%、もう一つシリーズで紹介した葉巻に向くというN .rusticaで2〜8%存在し(最近はニコチンレスのものもありますが)、ニコチン単独では無くリンゴ酸塩、またはクエン酸塩として存在しています。その類縁化合物も多数知られていて三十種類以上あり、窒素を含むアルカロイドであるためにまとめて「ニコチン系アルカロイド」として分類されています。



 ニコチンの発見は19世紀の化学の発展の時期であり、1828年にドイツのポッセルト(Posselt)とラインマン(Reinmann)によって純粋なものが分離されています。構造は20世紀を挟んで報告がなされています。
 天然での合成経路は既に判明しており、この化合物はやや複雑な合成の経路を辿ることが知られています。
 専門的ですが、まずアミノ酸であるトリプトファンを出発物質として数段階の合成経路を経てニコチン酸(nicotinic acid)が作られます。この化合物は有機化学の合成をやる研究室ではおなじみのピリジン(pyridine)環を構造中に持ち、生化学系では水溶性ビタミンの一つであるビタミンB群の仲間であるナイアシン(niacin)として重要です。このビタミンが不足すると、日光を浴びることで口内炎や下痢、皮膚紅斑、無気力となるペラグラ(pellagra)という欠乏症が知られています。



 なお、「ナイアシン」というのは実はニコチン酸だけでなく、これを元に作られるニコチンアミド(nicotinamide)を含めた総称です。このニコチンアミド(ニコチン酸アミドとも)はNAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド、Nicotinamide-adenine dinucleotide)やNADP(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)と言う、補酵素I、IIなどとも称される、生体の化学反応で極めて重要な役割を担う物質の原料となります(構造は大きいので省略.....参考書見てください)。
 なお、このニコチン酸はイソニアジドの原料として、結核治療で重要な役割を担います。

 さて、この合成されたニコチン酸を元に次の反応が進みます。
 基本的には別のアミノ酸から出来た物質がニコチン酸に付加する事でニコチンや類縁化合物が出来ることとなります。具体的にはニコチン酸に対し、アミノ酸であるオルニチン由来のピロリジン環が付加する事でニコチンが、同じくアミノ酸であるリジン由来のピペリジン環が付加する事で類縁化合物であるアナバシンが合成されます。



 ここら辺は専門的ですけどね。
 アナバシンはタバコでは微量成分ではありますが、アカザ科のある植物では主成分として知られています。またニコチンの含有量は葉の位置で含有量に差があり、上の方にあるほどニコチンの含有量が高い事が知られています。
 なお、ニコチンは人工合成は可能ではあるのですが、しかし工業的な製法については以前から研究はされているものの未だ良い方法は無いようです。

 ではニコチンとはどういう物質か?
 純粋にニコチンの塊を見た事があると言う人は余りいないかと思いますが.......基本的には無色か黄色で、空気中に触れると褐色となる液体でして、においはまさにタバコに類似したものとなっています。水には簡単に溶ける一方エーテルやエタノールなどにも良く溶けます。なお可燃性でして、ニコチンの蒸気は空気と爆発性の混合気体を作ると言うことですが、まぁ意図的にやらないとダメでしょう。
 そしてニコチンを得るにはいくつかの方法があります。
 一つは研究室での合成ということになります。他にはタバコの葉から得る方法があり、葉中に含まれるニコチン塩に石灰乳を加えてニコチンを遊離し、蒸留して留出液をエーテルで抽出するという方法、またはタバコ葉の粉末を塩基性条件下で水蒸気蒸留し、その後硫酸で捕集するという形が多いようです。

 ところでニコチンの毒性は非常に高いことが知られています。
 刺激性があり、皮膚や目を強く刺激し、また経皮吸収性、つまり皮膚から吸収する性質を持っています。急性毒性はかなり問題になりまして、経口摂取で悪心、嘔吐、腹痛、下痢、発汗、心悸亢進などの症状が知られ、重症になると失明、めまい、衰弱、精神錯乱をきたした上に、筋肉が衰弱して脱力、やがては呼吸停止となることが知られています。
 こうなる理由は生理作用が関連するのですがそれは後述しましょう。
 最初に毒性のデータに絞って触れておきますと、LD50は(資料でまちまちなのですが)下の表のようになります。

LD50LD50
ラット経口50mg/kgマウス経口3.34mg/kg
ラット皮下注射25mg/kgマウス腹腔内注射5.9mg/kg
ラット静脈注射2.8mg/kgマウス静脈注射0.3mg/kg
ラット経皮140mg/kgマウス皮下注射16mg/kg

 付け加えるとウサギでは経皮で50mg/kg、静注で6.25mg/kgとなっています。犬では静脈注射で大体5mg/kgぐらいのようです。
 なお、ヒトの場合成人だと経口致死量は30〜60mg(資料でばらつきあり)となっているようです。これはおそらく体重60kgの人のデータと考えられますので、大体1mg/kg以下ということになるでしょう。
 この毒性は青酸ドクニンジンに含まれるコニインよりも高いものです。ピンとこないと思いますが、例えば一本の紙巻タバコに10mg程度のニコチン(物によってかなり違いますが)が含まれるとした場合、成人なら6本程度を誤飲すれば死に至る可能性が高くなると言うことになります。もちろん「そんなに食うか?」という人もいるでしょう。
 ですが幼い子供では?
 子供の事故でも多い報告の一つが実はタバコの誤飲で、ちょうど周囲の物に関心を持つ2歳ぐらいの子どもの場合、体重が12kg程度となります。その場合は12mgのニコチン、つまりタバコ2本程度を誤飲した場合に死んでしまう可能性があり、警戒すべきものとなっています。
 また、静脈注射といった直接血管などに入れる場合は、ラットのデータからすれば経口の20倍の毒性を持つこととなり、相当に危険なものです。事実クラーレの話に登場したクロード・ベルナールの実験では、ネコの腿に傷をつけてそこにニコチンを2滴垂らしたところ、よろめきつつ歩いた後に痙攣を起こし、その後死んでしまったと言う話も残っています。
 かなりの毒性ということは分かるでしょう。

 なお、煙からのニコチンの摂取は、経口や経皮よりは余り問題になりません。タバコ一本で半分ぐらいで吸うと、一本のタバコに含まれるニコチンの10%、口許にまで吸えば34%程度が含まれるとされ、そこから気管〜肺へと入り込んで血中に入る量はその90%程度と言われています。この数値はフィルターの有無、タバコの種類などで色々と変わるでしょうが.......
 ただし、エタノールに溶けやすい為に、飲み会等で酒にタバコを突っ込んだ物を飲む、なんて事があるととんでもない事になるでしょう。ちなみに、紙巻タバコでのニコチンの摂取は、パイプや葉巻きよりも高速であるという報告もあるようです。
 なお、慢性毒性では胃腸障害や血管収縮、また心臓の心拍数のリズムが狂い、まれに視力の障害をもたらすことがあるようです。そして、何よりも習慣性があると言う事でしょうか。

 ところで、上述の数字がタバコのパッケージに書かれている「タール○mg、ニコチン○mg」というと全く一致しないことについては理由があります。
 パッケージの数値は人工喫煙装置を使い、国際的な基準に基づいて計測された、「喫煙時に吸ったと思われるタバコの煙中に含まれている量」です。その基準は「1服35mlの煙を吸い」「1服を2秒間」「1分間に1服」「フィルターの有無に関わらず30mm分吸った」といったものです。フィルター周辺のミシン目みたいな穴でこれを調節出来ますので、まぁどうしてもタールやらニコチンが欲しい人はこれをふさぐと表示以上の数値を吸い込めると言うことになります。
 パッケージに書かれている量と、タバコに含まれる全ニコチン量は一致しないことは気をつけておきましょう。

 このような毒性を持つニコチンの生理作用の研究は、1898年のラングレーの報告から始まっています。
 ただ、そこから100年経過した今でも中々全容の解明は難しいようでして、細部まで全てが明確に分かっている、という事ではありません。もっとも、基本的な事は大体は分かっています。
 ニコチンの作用は色々とありますが、一言で言えば「中枢・末梢神経を興奮させた後に遮断する」という事になるでしょうか。基本的な作用は実は過去に触れたアセチルコリンのアゴニストとなりまして、つまり筋肉や臓器の動きに関連するアセチルコリン作動性神経、及び中枢神経に存在するアセチルコリン作動性神経において、アセチルコリンと同じような働きをする物質です。ただし上述の過去記事にあるように、アセチルコリン受容体はムスカリン受容体とニコチン受容体といった種類があり、ニコチン受容体に作用します。
#一からの説明はまた莫大な数になりますので、上述の「その73」や「その188」等を参考に。
 もっとも、アセチルコリンはシナプスで作用した後にはアセチルコリンエステラーゼ(AChE)という酵素で分解されますが、この酵素は「アセチルコリン専用」の分解酵素であり、ニコチンの分解は出来ません。この為、受容体に結合すると神経の「興奮」作用を長くもたらすしますが、その後は興奮が続かずにその神経を結果的に遮断してしまう様になります(そういう意味ではアンタゴニストとも言える)。

 ではその結果どうなるのか?
 はっきり言えば複雑でして不明な点も多い、というのが実情ですが.......簡単に触れておけば、まず自律神経では交感神経・副交感神経へと作用します。交感神経では副腎を活性化させて胃などを活発にし、疲労感も薄まるものの多量の摂取では交感神経は興奮の後に抑制へと変化し、胃の動きなども悪くなる。副交感神経では消化器系を抑制する結果となり、悪心や嘔吐というものに繋がることとなります。
 またほ乳動物の場合、運動神経の神経性都合部はニコチンの作用を受けやすく、この為に腸や血管の収縮を引き起こして血圧の上昇を引き起こします。ただし、この興奮は一時的でその後は遮断作用となるために、かえって抑制的に働くこととなります。なお、この部位はクラーレが遮断します。
#専門注:副交感神経系の神経作動体間(つまり中継地点)のシナプスでは、ムスカリンがアゴニストになり、アトロピンが遮断します。
 上述の急性毒性や慢性毒性の症状はこの結果となっています。

 一方、中枢神経ではまた複雑です。
 喫煙の場合、ニコチンは数十秒程度で脳関門を通って脳内に入り、脳内にあるニコチン性のアセチルコリン受容体に作用をします。これも一時的に興奮させ、その後遮断をもたらすという事は一緒ですが、問題は「どこにこの受容体があるか」でして、これが全体像を完全には把握出来ていないというのが実情のようです。ですが行動や呼吸、気分といったものまで関連することは確かで、例えば脳幹部に働いて精神を緊張させて賦活させる作用がある一方、緊張させずに抑制してこれがリラックスに繋がる、という事もあるようです。
 そして、身体依存性・精神依存性があることも知られています。
 早い話麻薬と同じようなものということになりますが、ある実験ではラットを使った依存性のテストでは、カフェインの8〜16倍程の依存性を示したという結果があります。もっともアルコールはさらにその2〜4倍ぐらいですが......ただ、タバコを数週間のある人がいきなりタバコを断つことで離脱症状を引き起こすこともあるわけで、やはり麻薬的なものと基本は同じと言えるでしょう。
 もちろん習慣となっていくと言うことは脳の報酬系などにも関連しているという事でしょう。
 もっとも、それだけでは無くおそらくは「口に加える」という行為が「習慣づく」ものもあるような気はします。この点は精神依存性と関連し、「口が寂しい」となると思われます。
 このようなことから一度喫煙が習慣づいた場合、禁煙をするのは困難なケースがあります。
 そのような人の為に開発されたのが、いわゆる「ニコチンパッチ」や「ニコチンガム」といった商品になります。ニコチンパッチは皮膚に貼るものですが、これはニコチンの経皮吸収性を利用したものとなります。これについては各社販売していますので、そのサイトを見ると分かるかと思いますが、例えばガムならばニコチンの供給をタバコでは無くガムとし、少しずつガムの使用量を減らしてやがて喫煙をやめるようにする、という方法です。一般にニコチン置換療法と呼ばれるものになります。
 ただし、やるならば医者との相談が必須ですが......
 管理人の家人はこれで実際にタバコをやめていますので、まぁ気にされる方は挑戦しても良いのかとも思います。
#もっともやはり意思は無いとダメですが.......基本的にそれらの薬品は「依存からの脱出の手助け」という位置づけですので。


 ところで、タバコと言うとこのニコチンなどが「問題視」されることとなるわけですが。
 しかしタバコは別方面での「活躍」もあることを皆さんはご存知でしょうか? と、別にタバコを吸っても「ニコチンからナイアシンを得られる」という事はありません
 実はタバコの葉の屑は、窒素、リン酸、カリウムを含む為にそのまま肥料としても使われます。ただ、別にこれがメインで使われる肥料と言うわけでは無く、これでは「活躍」という程では無い。
 何か?
 実は農薬、特に殺虫剤としての利用がされています。

 ニコチンを農薬として用いるのは現在でも使われている方法です。事実、硫酸ニコチン(40%のニコチンの硫酸塩)が販売されていまして、これをアルカリで処理してからまき、アブラムシや野菜の害虫防除に使う殺虫剤として用いられています。
 ニコチンの昆虫への作用はやはりコリン作動性神経を混乱させることで殺虫効力をもたらしますが、しかし人とは異なっています。どういうことか、というとニコチンが昆虫へ作用する時には、まず第一に作用するのが昆虫の中枢神経に当たる神経節という部位を攻撃し、かく乱します。
#専門注:筋肉接合部はヒトはコリン作動性であるものの、昆虫はグルタミン酸が神経伝達物質なので、ヒトへの作用とは異なってきます。
#なお、類縁化合物であるアナバシンの殺虫効力は、ニコチンの10倍となっていますが量が少ないので余りテーマにはなりません。

 ただ、ニコチンはその物だと実は厄介でして、実は「虫に効きにくく人に効きやすい」という欠点を持っています。
 これは専門的になりますが理由がありまして、ニコチンがアセチルコリンと同じようにシナプスに作用しようとすると、必ず部分的にイオン化、あるいはそれほどでなくても構造中の一部の原子に電子が偏る状態が必要になります。
 例えばアセチルコリン受容体では、対応するアセチルコリンの構造中で受容体と結合するのに重要な、電子の偏りのある二ヶ所の部分の距離が4.2Åとなっており、ニコチンも似たような距離で電子の偏りを持っています。



 アセチルコリン受容体(AChR)の表面の○付きの「+」には構造の「−」が、AChRの表面の○付きの「−」部分には構造の「+」が結合します。言い換えれば、この距離が同じであってAChRに結合するのに邪魔がなければ受容体に結合出来る、という事でもあるのですが。
#この概念はアゴニスト、アンタゴニストのドラッグデザインの基本でもあります。
 ここで重要なのは「イオン化(あるいは電子の偏りがある状態)しないと、アセチルコリン(とアゴニスト)は受容体と結合出来ない」という部分です。
 しかし、これは実に厄介な部分でもある。
 「作用させるのにイオン化が必要なら、最初からさせれば?」と言う考えは実に正しいのですが、ところが実際に「最初からイオン化」した物質を使ってみると、ヒトの場合は「脳関門(BBB)」、昆虫の場合は「イオン関門」という部位があり、これらがイオン化した物質の中枢神経への侵入を阻みます(中枢部の安全確保の為のフィルターの役割)。ところがヒトには末梢神経にイオン関門の様なものは存在しません。つまりヒトでは末梢神経でこのような毒性をもつアンタゴニストを防ぐフィルターがなく、その為に末梢神経に作用してしまい問題となる.......つまりニコチンは「ヒトに効きやすい」ということになる。
 これは言い換えれば選択毒性という点でニコチンは殺虫剤としては不利と言う事になります。しかし研究の末にこれが改善されたものが出てきます。

 その農薬の歴史は浅いものですが、農薬分野においては重要な研究を提供したものでもあります。
 その名は「ネオニコチノイド」(クロロニコチルとも)系殺虫剤と呼ばれるもので、1980年代に活発に研究され、90年代に市場に登場した極く最近出てきた農薬です。この農薬はニコチンの欠点であった部分、つまりイオン関門への部分を改善し、かつ「ヒトへの受容体への親和性を低く」、「虫の受容体への親和性が高い」という特徴を持った農薬でした。
 この薬剤の開発史は調べると中々面白いのですが、専門的で長くなるので大きく省略しますが。
 もともとは1978年のチューリッヒで行われた国際農薬化学会でシェル社より発表された「ニトロメチレン殺虫剤」という薬剤がきっかけでして、ピリジンに官能基を付加する事で殺虫効力が見られると言うものでした。



 この研究は興味を引くこととなり、類似構造を持つ様々な化合物の探索が行われていきます。この研究は「ニコチンがどうして殺虫効力を持つのか」という研究にも繋がっていく事となり、最終的にニコチンが、そして似たような化合物がもつ共通した「殺虫効果を持つ構造」などを判明させることとなります。
 その重要な構造は「ピリジルメチルアミン」と呼ばれる構造でして、これを元に研究され、最初に認可されたネオニコチノイド系農薬が、1992年に市場に登場することになるイミダクロプリド(imidachloprid)でした。



 以上にその構造とネオニコチノイド系の農薬の構造を示しておきます。
 ネオニコチノイドも二つの窒素の距離は4.2Åとなっていまして、アセチルコリン受容体への作用の「基本」が出来ています。また電荷の偏りはあるもののイオン関門に引っかかるほどのイオン化はせず、またほ乳類よりも昆虫の受容体への親和性が高い為に、ほ乳動物への毒性は少なくなっています。以下に専門的ですが昆虫の体外から体内への、イオン関門を抜ける模式図を示しておきます。



 なお、このネオニコチノイドは海外の企業だけでなく日本の武田、住友などといった農薬会社が開発に深く関わっています。現在多く使用されているネオニコチノイド系農薬はイミダクロプリドとアセタミプリドでして、前者はドイツのバイエル、後者は住友武田が販売しています。これらの毒性はほ乳動物ではニコチンよりも穏やかでして、経口のLD50はマウスで100mg/kg、ラットのメスで304mg/kgとなっています。
 ま、フェニトロチオンに比べると毒性は高いものではありますが、使い方に気をつければ特に問題とはなりません。
#やたらと専門的な注:アセタミプリドの構造の右側部分の窒素二つにつくアルキル基を変えていくと、面白いことにその長短でハエの死に方が「興奮過剰」か「麻酔が効いたように」なるか、といった変化が見られるようです。
#この部位は環状構造にするか、電子の偏りをどうするか、といった部分で毒性も変わるので、ネオニコチノイドではかなり深く研究された部分ですが.......

 なお、余談ながら.......
 これは「一説によれば」ですけどね。「ネオ」というのは「neo-」で「新しい」を意味しますが、これがついた理由が実は........
 当時某清涼飲料水をある人が見て、そこからこの接頭語をつけたという説が.......
 いや、「一説」ですよ?
#12,3年ぐらい前にはあった飲み物ですが......

 ま、農薬についてはもっとあるのですがこれ以上やるとまた長く、難しくなりますので話を変えまして。
 さて、このニコチンは上述の通りヒトでは中枢神経に作用するという事が知られています。という事で、これに目をつける人も出てくることになります......何にか?
 実は医療分野に活用出来ないか、と考える人が出てくることになります。
 と、ここで注意をしなければならないのは、別に「ニコチンそのもの」という訳ではありません。確かに脳内でアセチルコリン受容体に結合しますが、しかしずっとくっついたままではかえって毒となる。また常習性もあるわけでして、使い方は難しい。
 ですから、ニコチンの作用に注目してそれ似た、こちらの使い道にうまく沿うようなものを合成する、という事ですが。

 ではどのような形で活用が考えられているのか?
 例えばアルツハイマー病。現在様々に研究が進められていまして、最近は関係があると強く考えられている、神経細胞内に蓄積して細胞を破壊するβアミロイドとを物質を防げないか、ワクチンのようなものが作れないかと考えられるなど、こういった多くのアプローチが存在しています。
 ではニコチンとの関係は?
 実はアルツハイマー病は動物においてアセチルコリンの欠損と関連がある事が指摘されています。これに注目して、2005年には米ターガセプト(Targacept)社はイスプロニクリン(ispronicline)を開発。これがニコチン受容体と結合するようデザインされており、高齢者において記憶力と集中力を高める作用があったと発表しています。
 これはニコチン受容体を刺激することで、アルツハイマー病で見られる脳細胞の死が防がれるらしいと言うことのようですが.......
 他にも関連して別の病気、特に精神に関連するような作用を持つ薬剤の開発に期待がかけられていまして、もしかしたら精神病に関連した薬剤としてニコチンを元に考えられた薬剤が出来る、という可能性が将来出てきています。事実大手の製薬会社も注目しているようで、この手の薬剤の開発に力を入れているようです。
 薬剤開発は時間がかかります。ただ、10年後ぐらいにはもしかしたら、アルツハイマーだけでなく、統合失調症躁鬱といった精神疾患や情緒障害にこれらが活躍するのかも、と思わせてくれるものがありますが.......

 あ、ただし念のために書いておきますが。
 あくまでも「ニコチンそのものでは無い」ということにはお気をつけを.......「ボケ防止」という言い訳は通用しませんので。ただ、中毒性でタバコへの「思いが忘れず」、一方でアルツハイマーによる記憶の喪失を防ぐと言う意味で「思いを忘れさせない」となるかもしれないというのは面白いものではあるでしょう。

 なお、どうしても忘れられない話が学部生時代にありまして。
 このような、例えばアルツハイマー病に対抗する薬剤としてニコチンが注目されていた、というのは既に2000年前後にはありまして、管理人も講義で聞いた記憶があって鮮烈に覚えているのですが。
#分解酵素を阻害するか、あるいはアゴニストとして作用するものを考えるか、など考えた記憶があります。
#当時「アルツハイマー病でアセチルコリン作動性神経の伝達が弱まる」という話がありましたので、その補強という意味でですが。
 で、ちょうどその頃に、日本人のこの分野の研究者が、米国で射殺される事件が起きています。
 その事件の直後にちょうどこの話が出まして、教授曰く「個人的な推測だが、良い薬を開発出来そうだったので、ライバル会社に刺客を向けられて射殺されたんじゃないか」とか云々......非常にインパクトのあるお話でしたかね、えぇ。
 もちろん真相は知りませんが。
 いやはや、全く怖い話ですがね.........


 さて、4回にわたってタバコ、そして主成分の話をしてきました。
 ま、本当は色々と触れたいものもあったのですが、さすがに時間と量が膨大なものになりますので、それなりに絞ってみました。専門的な話ももっと出来るのですが、絞らざるを得ないのが個人的には残念ではありますが。
 ただ、文化と言う点で興味深いものは提供出来たかとも思いますし、成分についても普通に語られる「害」以外の部分にも触れることが出来ました。
 これを機にニコチンも見直してもらえれば、とも思います。

 それではこの話はこれで以上、と言う事で......




 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 いやぁ、長くなった(^^; 文化関係は本当に結構調べたんですが、やはり絞らないと全くダメ、という事で結構ごっそりと削りましたかね......いや、本当は某谷の物語に登場する「スナフキン」は「嗅ぎたばこを吸う男」という意味だ、とかそう言う様なネタもかなり用意したんですが........絞って文化・歴史で3回.......まぁ、やはり嗜好品は奥深いものだと思いましたかね。
 ニコチンについてももうちょい触れたいものもありましたけど。まぁ、深すぎる部分も出てきてしまいますので、削りましたか。有機化学をやって生物化学系も、という人は色々と勉強になるかとは思いますけどね。これを機会に興味を持っていただければと思います。
 いや、結構これから類縁化合物が活躍していく可能性が大分ありますので.......お世話になる、という日があるかもしれません。

 そういう事で、今回は以上ですが。
 次回はちょいと分かりませんが。ま、良いネタとまとめられる時間と、入力出来る時間があればまたやっていきたいと思いますが。とりあえずは2006年最後です。
 来年も宜しくお願いします。管理人にも、これを見ている皆さんにとってもよい年となることを願っています。

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2006/12/30公開)


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